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木島平の和算 算額 日本独自の数学

現代では西洋の数学、算数が普通に使われていますが、日本独自に発展した「和算(わさん)」は、西洋の数学を超えた技術を生み出してきました。世界で最も早い時期に行列式・終結式(英語版)の概念を提案したことはよく知られています。そんな和算が、斑尾高原ホテルがある飯山市の隣にある木島平村で独自に発展していたことが知られており、その足跡も残されています。
和算とはどのようなものであるか、そして日本独自に発展した和算の偉業がどんなものかを知り、当時の風景に思いを馳せ、その奉納の実物や足跡を訪れてみてはいかがでしょうか。


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和算(わさん)とは 木島平で算額が発見された理由

和算とは、江戸時代に日本独自に発達した数学のことです。
明治時代に西洋より数学が輸入され、和算は姿を消していきますが、そのレベルは極めて高く、同時代の西洋の数学と肩を並べるほどでした。
和算がどんなに凄いのかを簡単にご紹介すると下記のようになります。
●1674年 世界で初めて行列式の概念を提案 ライプニッツの1678年の発見より4年早く発見
●1681年 円周率の近似値を正131072角計にて、少数第11迄正確に求めており、暦の作成で必要になった事で少数以下第16位迄を正確に求めており、世界に先駆けて200年も前に計算していたことになります。

当時の人々は数学の問題が解けたとき、神や仏に感謝し、この問題を絵馬にして全国各地の寺社奉納しました。この絵馬を「算額」というもので、当時の学問水準などを知る上で貴重な資料となっています。

木島平には、その算額が多く発見されています。算額は全国で約950発見されていますが、そのうち8個が木島平にあり、同じ奉納者が隣接するお堂や神社に奉納したものを加えると13もの算額が存在しています。
さて、木島平が何故和算の里になったのか、その理由は地形的なものから発展したのではないかと考えられます。木島平は扇状地形ですので、この地形にあった胸掛け式の水車が多く存在したと考えられています。和算の知識がなければ水車は動かなかったことが推測され、多くの水車を多くの和算師が大工に指示していたことも推測されます。

和算の素晴らしさは、意外と知られておりませんが、木島平の算学は全国的にも狭い地域での算額の奉納された数として日本一であり、現存する算額を目で見て実際に和算について学んでみると和算の面白さが見えてきます。日本の水車技術もこの和算があったことで発展したものであり、田畑の水路を担っていたのも和算があったからともいえるでしょう。

算額のレプリカは、木島平村のふるさと資料館などで見ることができ、また水穂神社、一川谷大元神社などでは実物の算額が奉納されています。

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